毎朝、午前5時過ぎに目が覚めます。午前5時46分には、神戸新聞に目を通しながら30年前を思い出していました。

30年前の今日、職場に到着し、しばらくすると県民局から「行政と協力して支援体制を取るようにと」のFAXが流れてきました。

阪神淡路大震災発生の二日後に2㌧トラックに支援物資を積んで職場から神戸市兵庫区の避難所に向かいました。

埃で曇った空、空にはヘリコプター、走り続けるパトカーなどの緊急車両、傾いたビル、橋の欄干からバケツをたらし水を汲もうとする人々の姿、今も記憶に蘇ります。

困った時はお互い様、助け合える支え合える寛容さと柔軟さを育み続ける宍粟市・兵庫県・日本でありたいと思います。

お亡くなりになられました方々のご冥福を心よりお祈りいたします。